石岡ショウエイBlog『猫まみれ涙娘。』

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石岡ショウエイ漫画Blog:猫まみれ涙娘。

作家の端くれが、漫画やイラストで、エンタメ寄りの記事を書いております。

漫画家のペンネームの決め方/作成過程が面白い

 自分の名前は、自分で決めることができない。

 親につけられた名を気に入らないと感じている方は、世の中に少なからずいらっしゃることだろう。

 いまの日本では、名前の変更はかなりハードルが高い。

 

 しかし、漫画家や小説家といった執筆業に携わる者なら、ペンネームというものを作ることで、自分自身にあらたな名を与えることができる。

 

 執筆業にかかわりがなくとも、いまの時代なら、ウェブ上で使うIDやハンドルネームといった形で、本名とは別の名を持っているという方がたくさんいらっしゃる。

 私のブログやツイッターのIDは「necole_kidman」である。

 ニコール・キッドマン? いやいや、ぱっと見はそうみえるが、ネコール・キッドマン、である。ねこバカなので。

 

 みずからに命名する際、どういった理由でその名にしたかというのは、それぞれに理由があるはずで、そこにおもしろいエピソードも見つけられるかもしれない。

 ということで今回は、ペンネームについて考えてみる。

 

     *

 

 作家には、本名で活動している方もたくさんいらっしゃる。

 むしろ「本名派」のほうが多いだろう。

 私の印象では、七割は本名だ。

 

「名をさらすことで、作品に対する責任を示せ」といった本名主義の考え方もあるだろう。

 が、まあ、べつに、どっちでもいいじゃないですか、と私は思う。

 本名でないと書くことを許されない世界であったなら、エロ分野の作家は激減してしまう。

 そんな世界、さみしいではないか。……さみしいではないか!(想像して涙)

 

 漫画の世界では、女性作家が男性名を名乗っていることはよくある。

 とくに男性向けの漫画誌で描く場合だ。

 フラットな感覚で読んでもらうために、性別のわからないペンネームを使うことは、悪くない判断だと思う。

 少年誌の世界にはたくさんいらっしゃるので、業界に入った当時は、「えっ、あの人も女なの?」と驚くことは多々あった。

 

 

まずは私。ペンネーム「石岡ショウエイ」「石岡琉衣」を作った過程

 私の漫画家としての名前「ショウエイ」は、本名を音読みにしただけのつまらないものである。

 自分が自分であることを隠す意図はなく、仕事と私生活を区別したいという理由でそうした。

 

 本名が訓読み、仕事名が音読み、というのは、お坊様の世界に多く、私もハゲのため、私をお坊様だと思っている人が、地元にはたまにいる。

 南無阿弥陀仏。

 

     *

 

 小説家としての名前「琉衣」には、ちょっと大仰な元ネタがある。

 小説家としての活動を始める際、「漫画家活動とのあいだに区別をつけてほしい」と編集者にいわれ、ペンネームを作る必要に迫られた。

 

 私は小学生のころから、『ドラゴンクエスト』といったRPGの主人公にも、本名を登録して没入感に浸るタイプだった。

 ゆえに、自分にあらたな名をつけるというのは、初めての体験であり、難儀なものだった。

(名前に選択権がないゲームには、すこし戸惑う。お前の名は「スコール・レオンハートだ」とか言われても……。from『FF8』)

 

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(本名だと、死を告げられたときの凹み度が増す)

 

 ペンネームについて悩みすぎた私は、考えることを放棄したくなり、ある恩人に任せることにした。

 が、その人は「弥生 翔」(やよい しょう)なんていう、「スコール・レオンハート」並みにかっこよすぎて逆に恥ずかしくなる名を提案してきたので、やはり自分でつけることにした。

 

 ふと浮かんだのが、「ルイ」という単語。

 語感に関しては、「かっこつけすぎだろ、プププ」と笑われてもしょうがない。

 本人も気恥ずかしく感じている部分もあるのだが、元ネタのスペルはなんと、フランスの国王「Louis」である。

 なんと畏れ多い!

 

 が、ちょっと聞いてほしい。あのヴェルサイユ宮殿を造った、太陽王ともいわれた名君「ルイ14世」に由来するなら、それはかっこつけすぎだ。

 私の大好きな映画『仮面の男』では、レオナルド・ディカプリオが演じていたくらいである。

 

 

 

 が、私の元ネタは、その一代前「ルイ13世」である。

 彼は、政治の実権を宰相リシュリューに譲らざるをえなかった、頼りない王である。

 さらに病弱で、髪が少なく、ヅラをかぶっていた。

 

「国王様のヅラ、バレバレじゃん? 目線とか、気を使うじゃん?」

「んじゃ逆に、私たちかぶっちゃう?」

 気を使った貴族たちもつぎつぎにかぶりだすなんてこともあり、14世のころには、貴族界でヅラが大流行、なんて展開になった。

 

 あ、これでいいや。バカバカしくて。

 こうして私のペンネームは、「ルイ」になった。

 漢字には、まったく意味はない。

 

 やや後悔していることがある。漢字は違うのだが、同姓同名がいらっしゃった。

「石岡塁」というミュージシャンの方。

 しっかりグーグル検索しておくべきだった。

 石岡塁さんのファンの方で、私にいらついている方がいらっしゃるかもしれない。

 存じ上げず、まことに申し訳ないです。

 

 

世に知られる作家さんのペンネームについてまとめてみよう

 まずは漫画の世界から。

「秋本治」先生

『こち亀』の秋本治先生は、じつは『こち亀』の6巻までは、「山止たつひこ」というペンネームだった。連載をつづけるなかで名前が変わった希有な例である。

 

 年配の方ならご存じだと思うが、「山止たつひこ」というのは、『がきデカ』という伝説的なギャグ漫画で知られる巨匠「山上たつひこ」先生の名のパロディである。

 が、それがのちに問題となり、改名するに至った。

 

 巨匠が巨匠の名をパロディしていた、という構図がおもしろい。

 いまだったら、「尾田栄二郎」なんて名前で活動するようなものだ。

 そう考えると、けっこうな度胸のような気もする。

 

 

 

 「ゆでたまご」先生

『キン肉マン』のゆでたまご先生は、あきらかにペンネームだとわかる名前だが、ネーム担当の嶋田隆司先生と、作画担当の中井義則先生によるコンビ名である。

 その由来は、考えているときにでた「オナラ」がゆでたまご臭かったから、という説が知られている。

 考えているときにゆで卵を食べていたから、という説もあるのだが、前者のほうがおもしろいので、私はそっちを信じている。

 へのつっぱりはいらんですよ。

 

 

 

「尾田栄一郎」先生

『ワンピース』の尾田先生は本名である。

 が、デビュー作となった読み切り『WANTED!』の際は、「つきひみずきこんどう」を名乗ってらっしゃった。

 本当は漢字なのだが、あえてひらがなで書いてみた。

 

 つきひみず・きこんどう。仰仰しくもあるが、のちの大作家にふさわしいかっこよさがある、なんて思われないだろうか。

 ところが、本来の漢字で表記すると、「月火水木金土」なのである。

 あ、ふざけてる、とすぐに察せられる。

 

 ただ、私はこうも考える。一週間の曜日を並べているものの、「日曜日」がない。

 それには、理由があるのではないか。

 

 尾田先生は、驚異的な仕事量をこなす毎日を送っていらっしゃる。

 つまり「日曜がない」ということは、「休むつもりがない」ということを意味していて、あのペンネームは、現在の仕事ぶりを暗示していたのである。

 考えすぎ? いやいや、尾田先生の伏線の張り方がすさまじいことは、『ワンピース』ファンなら周知のことだ。

 

 ちなみに、私の姿勢をおなじように曜日でペンネーム化するなら、「日日日日日日日」となってしまう。

 読み方は、「にちひにち・びびびび」でお願いします。

 にちひにち先生の次回作にご期待ください!

 

 

  

「うすた京介」先生

『すごいよ!! マサルさん』『ピューと吹く! ジャガー』『フードファイタータベル』のうすた先生の名前の由来は、「ウスターソース」である。

 ウスターソースをもじって「うすた宗介」としたはずが、編集部のミスで「うすた京介」と誤植されてしまい、それをそのままペンネームにされた。

 

 

 

     *

 

 ーーと、ここまで、ジャンプの巨匠たちにしぼって、ペンネームについて述べてみたが、みな、自分の名前に対する意識、関心が、おそろしく軽いように思えてしまう。

 おそらく、使える能力のすべて、一滴も残らずすべてを、作品に注いでいるのだろう。

「漫画のタイトルやキャラの名前は重要だけど、描き手の名前なんて、作品のおもしろさになんの関係もないんだから、どうでもいいでしょ」

 そんなふうに考えてらっしゃるような気がする。

 

「直木賞」という冠で知られる小説家の「直木三十五」は、デビュー時の三十一歳のころは「直木三十一」を名乗っており、歳を重ねるたびに、「直木三十二」「直木三十三」と名を変えていった。

 漫画界にも、似たような名を複数持つ先生がいらっしゃる。

 またもやジャンプ作家なのだが……。

 

「漫☆画太郎」先生

 まさかの松山ケンイチ主演で映画化された『珍遊記』などで知られる、すさまじい画風のギャグ作家だが、前述の先生方とは、またことなるこだわりがあるのだろう。

 ペンネームの段階ですでに笑わそうとしているのだ。

 

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  なぜ画像扱いなのかというと、打ってもでない文字(?)があるから。

 

 あまりに多いので、Wikiを参考に、私が記憶しているものも加えたのだが、Wiki自体がギャグの可能性もあるので、ウソもまざっているかもしれない。

 まだあったような気もする。

 もしかすると、画太郎先生御自身も含め、すべてを把握している者など、いないのかもしれない。

 

 このなかで由来がはっきりしているのは、「まん○画太郎」だ。

 ご本人いわく、「漫」という漢字を読めない世代がでてきたため、ひらがなに変更しつつ、みずからが丸くなる、という想いを込めて、「☆」を「○」に変えたという。

 もちろん、この発言自体が、ギャグである。

「まん○画太郎」という下ネタを連想させる字面で笑わそうとしているのだ。

 

 

 

 

  漫画家編の最後に、私がもっとも衝撃を受けたペンネームをあげる。

 

「まんしゅうきつこ」先生

 予想どおり?

 アルコール依存症の経験をつづった『アル中ワンダーランド』などで知られる作家さんだが、なんちゅうペンネームだ……。

 旧名はさらにひどく、「まん臭きつ子」「マン臭きつ子」であった。なんちゅうペンネームだ……。

 

 もともとは作家名ではなく、ネット上のハンドルネームとして使っていたものであり、由来は、ネット上のナンパを避けるため、だったらしい。

 まあ、危ないにおいはぷんぷん感じられる名ではある。

 素顔を公開されたとき、きれいな方だったので、それも衝撃的だった。

 

 

 

 〆がほのかに下ネタ臭漂う感じでいいのかと心配しつつ、漫画編はここまで。

 長くなったので、小説家のペンネームについては、次回記事、以下からどうぞ。

 

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