石岡ショウエイBlog『猫まみれ涙娘。』

石岡ショウエイ漫画Blog:猫まみれ涙娘。

作家の端くれが、漫画やイラストで、エンタメ寄りの記事を書いております。

漫画の主人公と、その作者は似ている。

 本日は新しいアイコン画像を描きながら、作家の著者近影について考えていた。

 これまでのアイコンはこちら。

 

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  とくに聞かれることなく役目を終えたので、聞かれることなくこたえておくが、これはヨーロッパの民話『長靴をはいた猫』のパロディで、『長靴に入った猫』である。

 

 だれにも気づいてもらえなかったのは、わが身の不徳の致すところである。

 

 

 これからのアイコンはこちら。

石岡ショウエイの似顔絵

 自画像に、いまどきのグラビアモデル張りの修正を加えた。ひたいの文字は、生まれつきである。

(※後日、再変更しました) 

 

 

漫画の主人公と、その作者は似ている

 漫画の単行本には、出版社によってはだが、表紙をめくったつぎのページ、専門用語でいうところの「表2」に、作者の近況が記されていることがある。

 

 近況の上部には、著者近影。

 だが、私が認識しているかぎり、このスペースに本当に著者の近影(写真)が載っていることは、ごくまれになった。

 

 私が子どものころは、このページで作者の顔を知ることができたのだが、いまでは、作者と似ても似つかぬイラストだったり、作中のキャラであったり、ときには生き物ですらない、お気に入りの小物だったりする。

 

 かくいう私も、骸骨を描いたり、兄の飼い犬を載せたり、はてはシイタケの写真を使ったことさえある。

(シイタケが好きだ。鉄板でバター醤油。ああ、脳内でシイタケがひらひらと踊る……)

 

     *

 

 基本的に、漫画の読者に作者の情報などいらん、と私は考えている。エッセイ漫画などでないかぎり、知られてプラスになることなど、とくにない。

 恐るべきことに、読者は漫画の登場人物、とくに主人公のキャラクター造形を、作者の姿に重ねることがあるという。

 

 そんなバカな。怖すぎる。

 怒ると金髪になるとでも?

 さすがにそんな誤解はないか。

 

     *

 

 もちろん、読んだことのある作品の作者さんに会うと、あの作品を描くにふさわしいキャラだな、主人公と思考回路がおんなじだな、と同一性を感じることは多かった。服装もおんなじで、くすりとくることもあった。

 

 が、こと、ルックス(首から上)に関しては、同一性を求めるほうがムリがあるだろう。

 サイン会などで作者がその姿を初めて公にし、想像と違う、などと読者にがっかりされるなんて場面を想像すると、絶対に公の場には出ない、と固く決意されている作家さんの気持ちもよくわかる。

 

     *

 

 とはいえ、私が会ったことのある漫画家さんは、みなオシャレですてきだった。

「漫画なんか描いてんのかよ、オタクだな」

 かつて私はこんなことをいわれたこともあるが、典型的なオタな姿の漫画家には、会ったことがない。

 

 考えてみれば、登場人物のキャラデザインをする際に服装を考えなければならないので、ファッションについて無知ではいられないのではないだろうか。

 ああ、かつて学園漫画で、制服を着ているシーンだとかっこいいのに、私服の場面になるととたんにダサくなる漫画はあった気がする……。

 

     *

 

 読者に姿を見せる必要はない、メリットがない。といっておきながら、私は小説を書きはじめる時点で、みずからの姿をさらすことをOKとすることにした。

 漫画を描いていたころは絶対にNGだったのにである。

 

 この話は次回につづく。

 

 かつて週刊少年ジャンプでは、年に一度、表紙が「全作品の作者による、コスプレ姿の集合写真」だったことがある。

 どういう意図があったのかはわからないが、いまもあったならば、ネットにおいて、かっこうのネタにされていただろう。

 

 あれがいやで志望先を変える漫画家志望者もいたと思う。

 妙な企画だった。ドラクエの勇者のようなコスのときなんかは、一読者としてかなり笑ってしまった。

 

 

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