石岡ショウエイBlog『猫まみれ涙娘。』

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作家の端くれが、漫画やイラストで、エンタメ寄りの記事を書いております。

おすすめ。エロ漫画、卒業生に/下半身でなく脳で感じる性的倒錯系作品7選

 文豪、夏目漱石は、「I Love You」の気持ちを、「月が綺麗ですね」と表現した。

 あなたがそばにいると、いつもの景色も違って見えます、つまり、私はあなたのことが……、ということである。

 では、「I Want You」の性的欲望は、どう表現したのだろう。

 

花魁のイラスト

 

 恥知らずにも、自分なりに考えてみた。

「あすの朝日は、よりまばゆいものになりそうです」

 

 あなたと一夜をともに過ごせば、もはや世界はこれまでとは異なる輝きを放つようになり、夜が明けてカーテンの隙間からもれる陽光も、ずっとまぶしく感じられるでしょう、まあ、あのような深い時間まで愛し合っていたのですから、単純に寝不足というのもあるのですが、ふふふ、的なニュアンス。

 

 うーん、ぜんぜんうまくない……。しょせん私は、夜明けのコーヒーをひとりさみしく飲む男だ。 

 

 月がうんぬんの例は、夏目的な表現というのではなく、夏目が考える日本人的な表現の例なのだが、文学の世界には、「表現は直接的でないほど高度であり、評価に値する」という価値観がある。

 

 世界的な評価を受ける村上春樹作品も、評価される点のひとつは「比喩」であり、それはまさに、直接的でない、遠回しな表現のことである。

 

 比喩力=文章力、という考え方が絶対的なものとは思わないが、こと、性描写に関しては、「直接的だとなえる」というのは、おおいに共感するところである。

 

 漫画の性描写はとくにそうだ。想像力をかきたててほしい。

 せっかくの濡れ場なのに、女性が最初から素っ裸、やる気まんまんでスタンバイしてたら・・・・・・、ねえ?

 すべてを見せない。見えそうで見えない。ヤれそうでヤれない。そういう演出は、必須だ。

 

 

◆これは性描写か否か

 遠回し表現も、遠すぎると、わかりにくくなり人を選ぶようになる

 たとえば、女性がバナナを食べるシーンがあれば、それは間違いなく性描写だ。

 作り手は絶対に意識しているし、読み手も、興奮するかはさておき、性的なものを意図していることは、だれでも察することができる。

 

 では、女性が走るシーン、これは性描写だろうか。

 胸が揺れていると性描写? 息づかいの荒さを描いていたら性描写?

 

 テレビ朝日には、女性が走るシーンだけを編集した『全力坂』という番組があるが、あれはどうなんだろう。

 Aカップさんが走れば性描写ではなく、Dカップさんが走れば性描写に見える、などといった、あいまいな意見も聞こえてきそうだ。

 

  ピアノを演奏するシーン、これに性的なものを感じる男性は少ないだろう。しかし一部の女性は、男性の指先の動きが、性的なものを連想させるそうな。

 

 直接的でないものに感じる性的魅力は、やがて「フェチズム」というものにつながっていく。行きすぎれば「性的倒錯」「変態」とも。

 

 

◆エロはエロでも、ちょっと違う

 今回は、いわゆる「エロ漫画」カテゴリーではないにもかかわらず、「エロス」をテーマにしている作品をピックアップしてみる。

 

「微エロ漫画」とは違う。

 ラッキースケベ、なんて言われ方をするような、少年誌的なエロスではない。

 作品によっては、描き方は控えめではあれど、意味している行為が、エロ漫画に勝るとも劣らない過激なものだったりする。

 

「エロ漫画じゃないのにエロいシーンがある作品」とも違う。

 それはそれで、お宝感があってテンションが上がるものだが、今回のは、メインテーマはエロスなのだが、直球ではなく、「普通とは違う角度からエロを扱っている作品」である。

 冒頭で述べたような遠回しであったり、ゆがんでいたり。

 エロの変化球というべきか。

 

 違いがよくわからない? 

 こういえばわかりやすいだろうか。

「おかずにはならないエロ作品」

 

 興味が失せた?

 ただ、ある種の興奮をおぼえる作品であることは間違いない。

 下半身にはこないが、脳にはくる。カウパー腺液は出ないが、脳汁はでる。

 おっと、品がない。もっと表現を遠回しにするよう心がけねば……。

 

 

脳で感じるエロス、おすすめ漫画7作品

※画像はAmazonへのリンク。全作品に試し読みページがあるので、興味がわいたらチェックしてみては。
※ここに紹介するものにはすべて、電子書籍版が存在する。

『月光の囁き』 喜国雅彦 全6巻

 

 今回の記事は、この作品をおすすめしたくて書いたといってもいい。

 90年代後半の作品だが、私の中ではいまだ、まったく色あせることのない存在感を放っている。

 

 著者は本来、下ネタを得意とした、希代のギャグ作家である。

 だが、本作に笑いの要素は皆無だ。ひたすらシリアスに、主人公である少年の性癖を描いている。

 

 少年には、好きな子がいる。彼女も、少年のことが好きだ。けれども少年は、ひそかに彼女の靴下やリップクリームを収集してしまう。

 その行為は、トイレの音を録音したりと、異常なレベルにエスカレートしていく。

 

 変態ともいえる行動や衝動が彼女にバレたとき、二人の関係は、あらたな局面を迎える。

 彼女もまた、みずからの中にゆがんだ衝動がわき上がるのを認識し――。 

 

 著者には、谷崎潤一郎作品のような空気を、漫画で表現したいという思いがあったそうだ。

 なるほど、たしかに『痴人の愛』や『春琴抄』に見られるような、彼女と自分、ふたりにしか理解できない官能世界、である。

 いや待て、本作においては、ふたりではなく、三人にまで発展するぞ……!

 

 喜国先生は『日本一の男の魂』においては、本来のギャグ漫画スタイル全開で、フェチや変態を描いている。

 その緩急、落差に驚くこと間違いなし。

 

 時を経て再評価の気運があったのか、『月光の囁き』は2015年に文庫版が発売された。

 当時の単行本は入手が難しくなってきているので、紙の本がよければこちらをおすすめする。

 

 

『セルフ』 朔ユキ蔵 全4巻

 

 子どものころに童貞を喪失し、以後も女性に不自由したことがなく、そのため一度もオナニーの経験がない青年。

 彼はあるとき、それがとても珍しいことであり、世の男どもが当然のように行うオナニーという行為に、強烈な興味を示すようになる。

 

 なんのためにするのだろう、もっとも気持ちいいのはどんなやり方なのだろう、セックスとの違いはなんだろう。

 いろんな角度から、哲学的ともいえる深さでアプローチする、彼の自慰行為探求の道が始まった――。

 

 朔先生も、最初の連載『つゆダク』は、星のあざをもつ7人の女とヤりまくれ、なんていう、エロ満載のギャグ調作品だった。

 私はむかしから、ギャグ作家がストーリー漫画を描いたらすごいものになる、という持論を掲げているのだが、喜国先生も朔先生も、間違いなくこの説を実証してくれている。

 

 

『ガールフレンド』 原作:外薗昌也 作画:別天荒人 全5巻

 

 作画もできる外薗先生が、美少女に定評のある別天先生をタッグに迎えた作品。

 多感な少女たちの恋愛模様を、オムニバス形式で描いていくのだが、ラブコメといった軽妙な話でもなければ、性描写を、欲情させるように描くエロ漫画でもない。

 

 多くのエピソードに共通するのが、少女たちの、異性や性に対する屈折した思考回路。そしてそこからもたらされる、読後の妙な感覚。すっきりしない感じ。

 かわいらしい画風から連想されるようなさわやかさは、ない。

 

 そこがいいのである。

 インタビューを読んだことがあるが、外薗先生自身も、おかしな話であることを意識して書かれているようであった。

 

 ただ、いくつものエピソードが連なる短編集なので、読んでいれば、共感、理解できる話も見つかると思う。

 それが、読者自身の屈折した部分なのかもしれない。

 

 

『いびつ』 岡田和人 全7巻

 

 前作『すんドめ』において、エロティックでありながら、青春モノとして物語を描ききった岡田先生が、男女の不可思議な関係について、さらに一歩踏み込んだのが本作である。

 

 絵柄からして、著者自身の、女性の身体に対する嗜好がうかがえる。

 骨格がかなり華奢で、そのうえ肉付きが乏しく、胸元には肋骨の存在を感じることすらできる。かといって、けっして品乳様ではない。

 この時点で、ドストライク! という方もいらっしゃるだろう。

 

 痴漢の疑いをかけられた男は、解放を条件に、被害者である女子高生が部屋に転がり込むのを認めざるをえなかった。

 男は、人の身体を拒絶し、人形しか愛せない、いびつな人間であった。

 女は、人の心を拒絶し、感情をほとんど持たない、いびつな人間であった。

 

 女は男の弱みを握り、つぎつぎとサディスティックな要求をしていく。言葉でも腕力でもかなわず、従順していく男。

 

 特殊な行為が繰り返されるなかで、ふたりは惹かれたり拒絶したりしつつ、人間らしさを取り戻していくようにも見えた。

 しかし、その刹那的な生き方は、確実に破綻へと向かっていた。

 

 

『悪の華』 押見修造 全11巻

 

 この表紙に、イラッとした方は、読まないほうがいい。

 この表紙に、ドキッとした方は、読んだほうがいい。

 

 放課後の教室、少年は想いを寄せている少女の体操着を、盗んでしまう。

 こともあろうにその様子を、べつの少女、仲村に見られてしまう。

 仲村は少年に、盗んだ体操着を着るよう命じる。仲村は、少年以上に倒錯した精神の持ち主だったのだ。

 

 のちに少年は、少女とつきあうことになるのだが、その事実を知った仲村は、悪魔のようなほほ笑みを浮かべる。

 仲村はなにを企んでいるのか――。

 

 押見先生が描く性の倒錯性は、初連載『スイートプールサイド 』の時点で、すでに孤高の域に達していた。

 少年は「毛」が生えてこないことに悩み、ある少女のことを、ひそかにうらやんでいた。少女は少女で、毛深いことに悩んでいた。

 

 ある日、少女は少年に頼みごとをする。

「あたしの毛を剃ってくれない…?」

 

 

『いぬ』 柏木ハルコ 全6巻

 

 青年には、好きな女性がいた。その女性には彼氏がいる。

 けれども女性は、彼氏よりも、青年との性行為に喜びを感じる。

 青年が、自分たちの関係はなんなのかと問うと、女性は返した。

「犬かな」

 

「犬」とは、従順な存在、といった意味ではない。

 その意味も含まれているのだろうが、彼女にとっての犬とは、いわゆる「バター犬」のことなのであった。

 

 女性の性欲を、コメディ調ながらも真正面から描いた作品。

 女が心を求めていて、男は体だけを欲している、というのなら、ごくごくありふれた設定だ。

 しかし男女の立場が逆になっただけで、不可思議さがもたらされた。

 

 心を求める女の話は切ないものだが、心を求める男、となると、どうも切ない話とは受け止められず、演出のさじ加減にもよるのだが、笑えてしまう。

 そこがある意味、切なくもある。

 

 ちなみに、女性が飼っていた本物の犬は、物語の冒頭で、糖尿病により他界する。

 バターの与えすぎによるものである。

 

 

『R-中学生』 ゴトウユキコ 全3巻

 

  思春期の中学性が抱く、抑えがたい性への衝動は、本人たちが真剣であるほど、他人である大人には滑稽に見え、笑えもする。

 しかし、自分だって中学性のころは、似たようなものだったはずなのだ。暴走する少年少女たちに、共感するものを感じずにはいられない。

 

 本作は、数人の中学生男女を中心にまわるオムニバスストーリーとなっていて、ある男子は、ニオイへの異常な執着、という性癖を持っている。

 彼は、使用済みのナプキンを手に入れるため、頻繁に女子トイレに侵入している。その姿を目撃された彼は、混乱してやけになり、こういってしまう。

「君のナプキン、僕にくれ」

 

 この一話は、もとは著者が投稿用に描いた読み切り作品であり、漫画界でもトップレベルの新人賞である、「ちばてつや賞」の大賞を受賞したものである。

 読者の興味を引きたいだけの奇抜な展開、というわけではないのだ。

 

 タイトルが、NHKのドラマ『中学生日記』を意識しているように、どのエピソードも、性を扱っていながらも、中学生にふさわしい現実的な着地を見せてくれる。

 

 

漫画、性的倒錯作品まとめ 

 ということで今回紹介した作品の一覧はこちら

  • 『月光の囁き』喜国雅彦
  • 『セルフ』朔ユキ蔵
  • 『ガールフレンド』外園昌也 別天荒人
  • 『いびつ』岡田和人
  • 『いぬ』柏木ハルコ
  • 『悪の華』押見修造
  • 『R-中学性』ゴトウユキコ 

 

 漫画のいいところは、表紙の絵柄で、作風をある程度察することができる点だ。小説ではこうはいかない。

 今回紹介した7作も、総じて、表紙が気に入ったなら、手を出して後悔することはないだろうと思われる。

 

 なんだろう、この悶々とした感覚は、と自分のあらたな一面(性癖)なんかを発見してもらえれば、いとうれし。

 

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